南下するタンザニアの主要産地
タンザニアのコーヒー生産の歴史は、16世紀に北西部に暮らすハヤ族によって始まったとされ、その後ドイツやイギリスの植民地時代を経て、産業として発展をしてきました。アルーシャやモシ、ンゴロンゴロなど北部を中心にコーヒー生産が行われ、モシを拠点として1950年代から規模拡大が進み、200Haを超える大規模なシングルエステートが多くみられるのも特徴の1つです。日本においても、キリマンジャロブランドとしてタンザニアコーヒーの名が広がり、タンザニアコーヒーの輸出国として日本は最も大きなシェアを誇っており、今なおタンザニアのコーヒー産業の重要なパートナー国となっています。
一方でキリマンジャロ山麓の北部農園が中心だったタンザニアのアラビカコーヒー生産は、近年は南部へとシフトしています。1970年代当初、南部からモシへの流通網は十分に整備されておらず、当時は輸送に1週間もの時間を要するほどインフラに課題があった地域でした。それゆえ、ウォッシングステーションの建設や運営が困難な地域ともいわれ、北部のように大規模な農園、ウォッシングステーションが設立されてきませんでした。